
実相とは、すべての存在の真実の本質を指す核心的な概念であり、宇宙の究極の真理として位置づけられます。それは、現象世界を超えた不変の原理であり、すべての存在が依拠する根源的な実在です。実相は、時間や空間、因果の枠組みを超えて存在し、一切の二元性や相対性を超克する絶対的な真理として理解されます。
すべての現象は、固定的な実体を持ちません。これらは「因縁」という相互依存的な条件の連鎖によって生起します。(他の存在や条件との関係性の中で仮に成立しているにすぎません。)
因縁などの「縁起」の原理は、すべての存在が互いに依存し合い、単独では存立し得ないことを示しています。たとえば、一つの木は、種子、土壌、水、太陽光といった無数の条件が結びつくことで初めて「木」として現象します。このように、現象は一時的かつ相対的な存在であり、その本質は空(くう)、すなわち固有の実体を持っていません。
日常的な世界においては、物事は名前や形、概念といった仮の相(仮相)を持って現れます。仮相とは、われわれの認識や言語を通じて構築される現象の表層的な姿です。たとえば、「机」という概念は、木材、形、用途といった属性を基に名づけられ、認識されますが、その本質は単なる物質や機能の集合を超えて、因縁の網の目の中に位置づけられています。
仮相は、実相の真実を覆う一時的な仮面のようなものであり、人々の日常的な経験の為に成立する相対的な現実なのです。
しかし、仮相はあくまで仮の姿であり、究極的には実相に根ざしています。
実相は、現象の背後にある不変の真理であり、すべての存在がその本質において一体であることを示しています。この一体性は、仮相の多様性や分離性を超えて、すべての存在が相互に連関し、実相に帰一することを意味しています。
したがって、仮相を通じて現象世界を認識する私たちは、実相の真理に目覚めることで、存在の真の姿を洞察することができます。
さらに、実相と仮相の関係は、単なる二項対立ではなく、相互に補完し合う動的な関係であります。仮相は実相を顕現させるための媒体であり、実相は仮相にその存在の根拠を与えています。
実相は仮相を通じて顕れ、仮相は実相に依って成り立っています。このような両者の調和的な理解は、進化の中心的な役割を果たしています。